▼寓話や言い伝えなどが集められた本のようだ
旅人の男がある岩辺に腰掛け休んでいると、ふと後ろから誰かに呼ばれたような感覚がする。
振り返ってみるとそこには誰も居なかったのだが、代わりに、何か薄ぼんやりと光っている黒い杭が岩陰に刺さっている事に気が付いた。
男はまるで引き寄せられるかのようにその杭に近付いた。
何かに意識でも乗っ取られたのかというくらい、だんだんと自分の手がその杭へと勝手に伸びていく。
そして、手が杭を掴もうとしたその時。
「抜いちゃだめ」
声が聞こえたのと同時に、男が伸ばした手は物凄く強い力で掴まれた。突然現れた、何者とも分からない手によって。
その瞬間、男はハッと目を覚ます。
どうやら男は岩辺で休みうたた寝をしていたようだった。
慌てて後ろを振り返ったが、あの黒い杭はどこにも見当たらない。
けたたましく鳴る心臓の音をよそに、あれは夢だったのだろうかと思案する。
しかし男がふと自分の腕を見ると、そこにはまるで獣にでも掴まれたかのような手の跡が、はっきりと残っていた。
残されたその跡は、3年経っても消えなかったという。
大昔、四獣と呼ばれる神を四方の村で祀っていた。
これはその一つの村の話。
ある時村で、神を祀る祠の前に一人の子供が立っているのを村人が見つけた。
子供は手に、何か大きくて黒い釘のようなものを持っていたという。
子供は村人に言った。
「これから厄災がこの辺り一辺を襲います。私は厄災を食べるのですが請負う量が多いので、反動で村が消し飛びます。ですので皆どこか遠くへ行ってください」
突然現れた見知らぬ子供にそう言われ、村人たちは困惑した。
しかし子供の見た目と持っている釘の様なものは、今まで自分たちが祀ってきた四獣の一つである魚にそっくりである事に気が付いた。
神様だ。神様が現れた。
皆、神様の言うとおりここから一度遠くへ離れよう。
そう言って村人たちは急いで村から離れ、どこか村を見渡せる高い場所へと逃げた。
そして彼らが瞬きしたその一瞬で。
空は陰って赤く染まり、何かとてつもない大きな暴風が起こったと思ったその瞬間に、村は無くなっていた。
まるでその場所だけ抉り取られてしまったかのように、影も形も無く、子供が言っていたように見事に村は消し飛んでいた。
空は段々と元に戻っていく様子が見えのだが、村人たちは呆然と村があったはずのその場所を見つめるばかりだったという。
村人たちは村のあった場所に再び降りてくると、神を祀っていた祠の残骸だけが少し残っていることに気が付いた。
そして、残っていた岩壁に何か模様のような物と、あの時子供が握っていた黒い釘が地面に突き刺さっているのを発見した。
以降村人たちはその場所を神聖なものとした。
祠だけを建て直し、木々や草花を植え、村は別の場所へ移したのだという。
ある少女のお話。
少女の母は「外に遊びに行っても良いけど、黒い杭だけはもし見つけても絶対に抜いちゃだめよ」と少女に言います。
しかし少女は母の言いつけを破ります。
外に出かけた少女は地面に刺さった黒い杭を見つけ、興味本位に杭を抜き取ります。
「チリン」と遠くで鈴が鳴るような音が聞こえました。
少女は再び黒い杭を見つけ、また音が鳴るのではないかと思いそれを抜き取ります。
「チリン」と今度は自分の近くから鈴が鳴るような音が聞こえました。
少女は母の言いつけも忘れたように、また見つけた杭を抜き取ります。
「チリン」と自分の背後から鈴がなるような音が聞こえました。
少女は杭を探し出しそして地面から抜き取ります。
「チリン」と耳元で鈴が鳴るような音が聞こえました。
少女は楽しげに杭を見つけ、また抜き取ります。
しかし、鈴の音は聞こえてきませんでした。
不思議に思った少女が辺りをぐるりと見回すと、
「チリン」
頭の中で大きくその音が響くと、少女の視界は真っ暗闇に染まり、そのまま闇へと飲み込まれてしまいました。
チリン
音だけが、静かにそこで響き渡りました。